はじめて見た瞬間に、これはすごい絵本が誕生したのではないか。と一種の目眩を感じ、目が離せなかった。ミキハウスから出版された「オツベルと象」という絵本がそれです。
この絵本を読んでいると、まるで背景をかえながら展開する大がかりな舞台をみているときの感覚を思い出す。ページをめくっても、さっきまで見ていた場面がおさまりきらず、けたたましい音の余韻や登場人物の気配までもが感じられ、この世界から抜け出ることができるだろうかと心配になるほどの臨場感なのだ。
扉のページの白象の神々しいまでの表情。
そして、言葉のない見開きに数多いる、真っ赤な象たちの圧倒的な存在感。
たいようオルガンから本作へと、最近の荒井良二さんの作品を読んだ人の中で、明らかに何かが変化してきていると感じるのは私だけではないだろう。読んでいる私たちを物語の世界の奥の奥の未開の地へとつれていく。しかもその世界は決してあたたかくもやさしくもない。読んでいると、心の中はこれまでにないくらいにざわめく一方で、私は確かにここに生きているという実感が閃光のごとく身体中をかけめぐるのだ。こんな感覚を覚える絵本を、私は他に知らない。
サンタマリアにむけられた象のつぶやきも、赤い竜の目になってしまった象のさみしさも、そして最後まで銃を手放さずに死んだオツベルの悲しみも、すべてが容赦なく心に迫ってくる。
はじめて読み終えたとき、なぜだかものすごく涙がでた。物語自体は何度も読んだことがあるはずなのに。
誰もが、オツベルであり象でもある。
それは、どうしようもない悲しみと共にある真実なのではないだろうか。
この絵本を読んで、宮澤賢治が抱えていた大きな悲しみや喜びをはじめて身近に感じられたような気がした。
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