雲の上で読む本は、こうありたい。というある種の気分のようなものが私にはある。その時期に読んでいた本が必ずしも機内に持ち込まれるわけではないため、結果としてよく空港で本を買ってしまう。
このあいだも少し早めに空港についてしまって、すいよせられるようにお土産屋さんの並びにある小さな本屋さんに入った。
うろうろと迷った結果、雲の上用書籍として選ばれたのが、村上春樹訳の「ティファニーで朝食を」だった。
離陸する前から読み始めて、約2時間のフライトの間と到着後の移動の時間にも読み、目的地にたどり着く前には物語を読み終えてしまった。その間、言葉の合間に漂う世界観に引きつけられっぱなしで、文句なしにおもしろかった。
洒脱で軽快な印象でありながら、どこか憂いをおびている村上春樹の訳が、ぴったりとはまっていて主人公の魅力を見事に引き出している。読んでいる途中から、以前読んだ時のホリー・ゴライトリーの印象も映画のオードリーヘップバーンの印象もどこかへいってしまった。
あとがきの「ティファニーで朝食」時代のトルーマン・カポーティ、と題された文章もとてもおもしろかった。中でも印象的だったのは、この一節。
真に優れた寓話は、それにしかできないやり方で、我々が生きていくために必要とする力と温かみと希望を与えてくれる。そして小説家トルーマン・カポーティは、僕らに優れた寓話とはどのようなものであるかという実例を、鮮やかに示してくれたのである。
本物の”まやかし”の美しさとその裏側の世界とをまるで手品のように軽々と見せてくれたカポーティ。
私にとってこの本は、雲の上でまた読みたいと思う大切な1冊となった。
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